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娘の成長と共にADHDも成長する

ウチの娘は幼稚園に入園する前から発達障がいがあると聞いていた。

その時からずっと発達障がいに関心があり、娘を育てながら発達障がいに触れてきた。

 親のお手伝い等など小学校低学年の頃までの方が親から言われた作業に対しての完遂率が高かったが、高校生になった現在は完遂率は著しく低下している。
当然、成長した娘に対して親から求められる要求が高度な内容に変わる事によって、完遂率が下がるという見方がある。しかしADHDの特性という観点から見た場合に、非ADHDの人とは違った側面があるといった事を理解したほうが良い。
作業完遂率の低下は成長と学力向上、経験の蓄積が大きく影響している。


成長した非ADHDの人であれば嫌な作業は最低限でサラッと済ませてしまおうと考えたり、何かのついでに一緒に済ませるといった方法等を取りなるべく短時間で処理したりといった方法を採ることがある。これはこれまでの経験や学習の結果から何が最低限であったり、作業に掛かる時間の見積が瞬時に浮かぶのだ。所謂、如何にしてバレないように手を抜いて楽するか?という事ができる。
ADHDのウチの娘の場合、初めてやる作業は何もかもが新鮮であり戸惑いはあったとしても集中力が持続する。特に幼い頃は見るもの、聞くこと、やる事の殆ど全てが初めて経験する事ばかりであり新鮮だ。こういった環境であれば興味を持ち集中が持続する。また、作業の途中で入ってくる新しい情報に関しても幼い頃は理解できる学力や知識が十分ではない為、興味が逸れる事が少ない。
しかし高校生になったウチの娘はかなりの事を経験しており、幼い頃に比べて初めて経験する事がかなり少ない。数回経験した作業は刺激を受けないため興味が湧かない。作業中に入ってくる新しい情報についても大人と同様に理解できる学力も知識もあるため大半が理解できるため注意がどんどん散漫になっていく。寧ろ少しわからないくらいくらいの情報であれば想像が膨らんでしまいそちらに意識が集中する。その結果、途中で別の事に意識が飛んだり手をつけてしまう事が多くなり完遂率が大幅に下がってしまうのだ。
昔は出来ていたので成長した今はできなくなったと言うのはこういった理由が大きく影響している。

ちなみにウチの娘にとっての手抜きとはバレないように体裁を整える事ではない。つまらない事や興味の無い事をなるべく自分でやらずに済ませるかという方向で考えを巡らせている。

前回迄に書いた空気が読めない=人の気持ちが読めないという事から、彼女達は他の人からどう思われているのか気にはなっているが把握できていない。その為、自分の興味の有無で優先が決まり優先が低いものやりたく無いものに対して体裁を整える行為そのものがあまり良くわからないのだろう。