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娘を通して自分を振り返ると見えてくるものがある

ADHDは遺伝するのか?これは良く出てくる話だ。なぜADHDを持って生まれてくるんだろうというところにも繋がっている重要テーマだ。
はじめに結論を述べるとADHDは遺伝する。ADHDの特徴や症状の度合いまで完全にコピーとはいかないが、結構近いところまで似る。

今まで私は非ADHD側の人という立場で書いてきたが、最近になって自分はADHDなのかもしれない思う時があった。
色々な失敗と後悔と反省によって少しはマシになってきたと思うが、今でも自分でビックリすることをやってしまう。単身赴任先のアパートの鍵の閉め忘れや照明の消し忘れ、蛇口の閉め忘れなどはいまだにやってしまう。そのまま2~3日アパートを空けることもあるので戻ってきた時には結構なショックを受けてしまう。
それでも年々生きづらさは解消されており、学生だった頃と比べれば大幅に改善されている。

子供の頃の私は、娘と同じで部屋を片付けられなかった。ゴミを捨てる行為は徹底して常に後回しにしていた。
部屋も勉強机もグチャグチャで数ヶ月に一度は片付けるのだが、すぐに散らかってしまう。布団も畳むのが面倒で万年床にしていた。そのせいで布団にカビが生えた事もある。学校の机の中にもいつのプリントなんだかわからない紙がいっぱいクチャクチャニなって入っていた。ランドセルや学生カバンの中も要らないものや紙が隅に隠れていたが私は全然平気だった。
大人になって家を出て会社の寮に入った。寮の私の部屋は見るも無残だった。汚部屋というかゴミ屋敷というか、とにかくテレビ番組でたまに放送されて皆が悲鳴を上げる部屋そのものだった。私は不思議とそれを汚いとか散らかっていると思わなかった。年に1~2回片付けるのだが、捨てる寸前までゴミをゴミとして認識していなかった。自分が使っているものは常に綺麗であり不潔ではないという今思えば何か変な思い込みをしていた。先ほど書いたカビが生えた布団もカビが生えた事はわかっているが、それを汚いと思わず普通に使い続けていた。


他にも誰もが子供の頃に抱く自分は特別だと言う意識を私は30歳過ぎても持っていた。
人付き合いが下手で学校に通っていた頃は友達も少なかった。自分では気がついていなかったが思ったことや気が付いたことをストレートにハッキリ言っていたみたいで人から嫌われる事が多かった。情けは人の為ならずという言葉の真逆で、他人の事を自分の為に利用しようとするクセに、自分が他人の為に優しく接したり利用される事を極端に嫌っていた。誰にもバレずにやっていたつもりだったが、多分これも周囲の人から露骨にバレていたのだろう。


何より驚くべきことに幼稚園から小学校の低学年の時に自分で自分の事を周りの同級生より成長が遅いと自分自身で認識していた。言いたい事が伝えられず口が上手く回らない。走っても足が遅く野球もサッカーも虫取りも自転車もファミコンもいつも人より遅れてできるようになった。その時は知能よりも体力的なところで劣っていると思ったが色々な人の話を聞くと違っていたことに気が付いた。当時は何故自分だけ成長が遅いのかがわからなかった。どうでもいいことだが大人になり冷静に考えた結果、かけっこで遅かったのはスタートダッシュでワンテンポ遅れていたからだ。色々な事が気になって仕方が無く全く集中していない。ヨーイ・ドンのンをキッチリ聞いてから走り出すのでヨーイ・ドンのドに合わせて走り出す子に最初から差をつけられた。その差が広がる事はないが縮まることもないので勝てなかった。特に運動会は酷かった走っている途中に観にきてくれた家族が気になって前を見ずに走っていた。運動会ではいつもビリだった。娘も私と同じで走るのが遅かった。そこで小学校の高学年の時の運動会直前にスタートダッシュの反応だけを練習させた。練習の甲斐があり、いつも後ろでゴールしてくる娘がその時だけは1位でゴールした。
小学校、中学校と吹奏楽部で楽器を吹いていた。これにはかなりハマってしまい、学校生活の殆どの時間を楽器演奏の練習に注いだ。その結果、直ぐに上手に吹けるようになり、この地域では誰よりも上手いと本気で思っていた。良くわからない根拠の無い自信がみなぎっていた。
高校生になり中学生の時は校則で丸坊主だったが高校に入ってからは意気込んで髪を伸ばした。髪を逆立て奇抜な髪型にしていたときもあった。その時に使う整髪料など何種類集めて使ったかわからない。髪型にしても整髪料にしてもコレといった決まったものが無く。40歳を過ぎた今でも決まった髪型に決められずにいる。おまけに40歳過ぎても無精ひげのまま会社に通っていた。毎日剃るようになったのはここ2年くらい前からだ。服装も40歳直前まで穴の開いた服やバイクで転んだときに着ていた破れたウインドブレーカー、サイズの合っていないシャツなどを着て会社に行っていたが何とも思わっていなかった。それも私が着ているんだから決して変には見えないという根拠の無い自信と思い込みがあった。
学校の成績については小学生のときは間違いなくクラスでトップレベルだと思うくらいテストの点数は良かったのだが不思議と通知表を見るそれほど良い評価はついていなかった。必ず学校の様子や生活の欄には落ち着きが無いと書かれていたが何故落ち着きが無いと書かれるのかわからなかった。小学校高学年から中学生では吹奏楽部で楽器練習に没頭しており、練習のつもりで好きなクラシック音楽をしょっちゅう聞いていた。クラシックは一曲が1時間くらいある。もの凄く時間が掛かるのだ。これを好きだからと言って平気で毎日2~3曲聞いていた。自分がそのオケにいるかのようなイメージで浸っていた。こんな生活を送っていたので勉強する時間が無く、残念な事に成績は平均点ど真ん中レベルだった。中学3年になり、流石にコレではまずいと思い何度か頑張って勉強した。その時だけは極端に上位に食い込んだ。でも長続きする事は無く直ぐに中位に埋もれ、埋もれては這い上がり這い上がっては埋もれを繰返した。あまりにも不安定なのでカンニングを疑われたことがあるが不正は一切していない。ちなみに良い点を取れたテスト問題を後日もう一度テストすると全く点が取れない事があった。勉強した事が身についておらず直ぐに忘れて解けなくなるのだった。中学から先も没頭する対象は変わったが決していい成績取った事は無かった。
ちなみに私が高校を選んだ理由は家から近く自分の学力で無理なく入れるレベルだったからだった。

私はかなり情熱的で喜怒哀楽が激しいと思っているのだが、なぜか仏頂面で顔に出ることがあまり無かった。若い頃は無表情を利用してカッコつけていたのだが、そのせいで余計にとっつき難い冷めた人で、口を開けばズケズケと人の事を思いやる事をせずに話してしまう。こんな調子なので私の周りに人が集まることはまず無かった。いまでこそ酒飲み友達とかできたが気をつけていないと直ぐにまたズケズケと人が触れられたくない所まで踏み込んでしまう。

社会に出てからは何度か躓いたことはあったが何とか今でも仕事を続ける事ができている。これは幸い事務職や営業職ではなく技術職についた事が功を奏したのではないかと自己分析している。仕事に没頭できる環境だったので色々な事を学ぶ事ができた。昔は情熱的で喜怒哀楽が激しく変な思い込みや妄想癖が少なからずあったが、仕事を通じて色々と改善し評価データを取り結果を冷静に分析する作業を繰返すうちにありのままの事実を客観的に受け止める事ができるようになった。原因究明の際の推測やメカニズム考察といったほとんど妄想のような作業も得意だった。調査して改善を繰り返すと、どこまでも深彫りしていく。しかし仕事なのでそれをどうこう言われる事はなかった。色々な経験を積み冷静さが少し身についたお陰でエンジニアとしては飛躍的に成長できたと思っている。新たな実験や改善、改造ネタなどあまり苦にせずアイデアが出てくる。この辺はもしかするとあまり目立っていないが衝動的な事が影響しているのかもしれない。
私の性格や特徴と仕事のマッチングが良かったのか、自分なりに努力して何とか合わせて適応できたからなのかはハッキリしないが特に不満も無く仕事している。きっとラッキーだったんだろう。

ところで私の母も、母が若い頃から思い込みが激しい人だった。子供の私ですら母は嘘をついているのか本当にそう思っているのかがわからないほど偏った見方をする人だった。また母は掃除など一応はするが部屋はそんなに綺麗に片付いている感じはしなかった。片付けがいい加減で白菜を灯油缶の上に置きすっかり灯油の臭い染み付いた白菜で灯油風味のお味噌汁を作ってみたり、8月に余ったご飯を冷蔵庫にしまわず、後日痛んでしまったご飯で焼きおにぎりを作り母以外の家族全員がおなかを壊したことも鮮明に覚えている。残念ながら母は味音痴で胃腸が強い人だった。
ちなみに妻もADHDの傾向があると思っている。私や母、娘は注意欠陥が強く出ている傾向だが妻は傾向が違う。衝動的な傾向が強い。正義感がもの凄く強くそれが災いして後先を考えないまま喧嘩を売ってしまうことが多々ある。話す言葉も主語や目的語が抜けたまま誰に何を話しかけているのかわからない時がある。思い込みも激しい。娘は私よりも妻のほうがADHDの特徴が強く出ていると思っているらしい。

こうして書き出してみると学生時代の私は今の娘と酷似している。
昨日まで娘の事を書いてきたきた記事はキッチリ観察して書いたように思うかもしれないがそれだけではない。
何となく考え方がわかってしまうからやってる事の意味がわかる。娘がのめり込みそうな事も大体わかる。突拍子も無い事やってしまうことも似ている。
娘は私の学生時代と同じであまり友達付き合いが得意なほうではない。それも同じだ。

私は娘を通して自分の事を見てきたが、まだ娘は私を通して自分を見ることはできないだろう。
いつかそんな時がきたらこの話題で盛り上がってみたい。

習い事や塾、訓練について

ウチの娘は未就学児の頃に発達障がいを持っていると小児科医から言われた。

言葉が遅く少し成長が遅れていた。

おもちゃ屋さんに連れて行っても対象年齢相当のおもちゃに興味を示さず娘の年齢より1〜2才下のおもちゃばかりに興味を示していた。その時点でなんとなく何か持ってるなと思っていたので医者に発達障がいと言われた時には特に驚く事はなかった。

そこから言語聴覚士作業療法士の元で訓練し、幼稚園の年中さんから入園した時にようやく名前を呼ばれて返事ができるくらいになっていた。オムツも入園のギリギリ直前で外れた。

当時はADHDと診断されていたわけではなく自閉傾向のある発達障がいと言われていた。特に授業中に席を立つとか騒ぎ始めるといった事もなく他の子より若干遅れているがちゃんと言葉も精神的にも成長しているのでそれほど心配する事はなかった。ちなみに言葉の遅れがあった彼女だが私のアメリカ赴任で一緒にアメリカに行き現地小学校に転校している。日本に戻り入った高校では英語等の外国語をメインに習うコースだ。これまでずっと言葉で苦労しているが不思議と本人は殆ど気にしていないようだ。

 

ADHDだとわかったのは娘が高校生になってからだ。きっかけは成長した娘を見ているうちに自閉傾向というよりも片付けが下手だったり所謂ズボラな部分が目立つようになり、昔チョットだけ調べて知ったADHDの特徴に一致している行動が目立ったからだ。

また、ADHDにはコンサータストラテラ等の薬で何らかの変化が現れる事を知り、ウチの娘のズボラなところが少しでも改善できればと思い家族で話し合い病院へ行った。

娘の行動や特徴をまとめた資料を作成し以前、娘を自閉傾向の発達障がいと診断した小児科医のもとへ連れて行った。そこで改めてADHDと診断され今はストラテラを服用している。

薬に関しては後ほどそれをテーマに書きたいと思うがハッキリ言ってウチの娘はズボラなところは全くと言って良いほど変わらなかった。

ADHDだとわかった事が遅かった事もありADHDの特別な訓練は受けさせていないのだがそれ以前にADHDの特徴からその症状を改善する為の訓練等は無いと思っている。

彼女は発達障がいの訓練の他に市が主催のトランポリン教室や近所の書道塾、英会話教室、学習塾、合気道教室等に通わせた。どれも最初はとても興味津々で頑張るがいずれ飽きてしまう。ただ本人は書道や合気道はそこそこ好きな様子だ。合気道はいまだに通っている。

彼女の習い事への考え方は小さい頃から変わらない。その教室や塾に通い始めれば努力する事なく上手くなれると思っている事だ。

通い始めて暫くすると上を目指す為には勉強や自主トレ、練習等の必ず努力が必要になる。この段階に上がってくるとウチの娘の特徴の目標が定められず計画性がない事が災いして情熱がジワジワと冷めていく。情熱は再燃すること無く上達のスピードはかなり鈍化してしまう。

人は誰でも目標や目的が明確に定まっていないと直ぐに上達する事は無い。それを彼女は理解していない。

 

昔の事を振り返るともしかすると彼女は幼い時に言葉を話したいと思うタイミングが遅かったから言葉が遅かっただけかもしれないと思う時がある。オムツが外れた時も幼稚園入園の直前でタイミングが妙に合っている。これも自分の意思だろう。三輪車も上手に運転できなかったが自転車やローラーブレード等の難易度の高いものをあっさりと乗りこなした。これも乗りたいという興味があったから直ぐにできたのかもしれない。

彼女の頭の中はいつも混沌としているが行動は至ってシンプルだ。好きな事や、やりたい事が見つかった時はキッチリ努力するのだ。

ところで私は彼女が将来やりたい事を知っている。その為の学校に通いたいと言っている事も知っている。彼女がやりたい事は誰でもなれる職業では無い。恐らく彼女は将来一般的な会社員とかでは直ぐに飽きてしまうだろう。ミスも多いだろうから向いていないと思う。

私は色々と心配してあれこれ言ってしまうのだが彼女はどんな手を使ってもリスクを恐れずに一度は自分の夢に挑戦するだろう。それ以前にリスクが何なのかがわかっていない様な気がするが…

飽き?諦め?打算的?

ADHDのウチの娘は時間把握が苦手であり、瞬間瞬間を生きている。こういった生活を続けていく事で時間に係わること以外でも弊害が出てくる。
とにかく順位付けができない彼女にとって何か一つに的を絞りこみ、それに向けて何か行動を起こす事が苦手だ。それは選ぶという行為であったり目標を定めるといった行為に及ぶ。

選べないADHDの人が買い物に行くとどうなるだろうか?同じようなものでも良し悪しが判断できずに手当たり次第買ってしまう。ウチの娘は小さい時に驚くほど同じ様なものばかりを買ってしまった事があった。
どうしても一つだけに絞り選ばなければいけない場合はもの凄く悩むことになる。これが興味の無いものであれば尚更苦労する。散々迷った挙句決められない事も多々ある。最終的な決め手は価格が高い=良いものという価値判断基準を決めて、自分の買える範囲で一番高いものを買う。いずれにしても買ったまでは良いがそれを大切に使うとか使いこなすという所までつながらない。

後々、色々な物が目に入り色々なものに興味を抱いてしまった場合、買ってきた物を所有している事すら忘れてしまう。

ウチの娘は新しい服を買いに行っても何も買ってこないで帰ってくる事が多々ある。選べずに疲れ果てて帰ってくるのだ。誰かと一緒に買い物に行って勧められて買った新しい服も本人が興味を持って買ったわけでは無いので全然着ないしそれを持っている事を覚えていないのだ。でも、お気に入りの服は誰になんと言われようとしょっちゅう着ている。サイズが合っていなくても構わず着ている。

普段は目標を定めるのが苦手だが興味があるものについては人並み以上に明確な夢や目標を決められる。しかし他の事については驚くほど諦めが早く打算的だ。

ウチの娘は受験や進路、資格取得などにこの特徴が顕著に現れた。

先ず志望校が決められない。こういった状況の時は少し難しいレベルの学校を目指す事は無い。もうちょい勉強して学力アップして受験に臨むという事は先のゴールを決めて逆算して今から何をしたら良いのかを決める事だがこれが苦手なのだ。その結果、今の学力で入れる学校選び受験するだろう。

しかし受験の願書提出締め切り間に急に行きたい学校が見つかった場合、学力レベルに見合わなくても受験勉強期間が足りなくてもその学校に願書を提出する。結果は残念な事になる。本人は行きたくて仕方がない学校だっただけに大泣きするがこればかりは仕方がない。親なら娘にアドバイスして合格しそうな学校を受けさせるという事も手段としては考えられるが、娘の希望する学校を受験させても興味が無いから途中で学校を辞めてしまう懸念がある。

彼女にとって優先順位はどのくらい強く興味が持てるかによって決まる。私としても、なるべくは彼女が思った事をやらせた方が良いと思っている。

高校受験の時はこれで良かったと思っていたがそろそろ高校卒業後の事も考え無ければならない。頭を悩ませる問題が待っている。

 

娘の成長と共にADHDも成長する

ウチの娘は幼稚園に入園する前から発達障がいがあると聞いていた。

その時からずっと発達障がいに関心があり、娘を育てながら発達障がいに触れてきた。

 親のお手伝い等など小学校低学年の頃までの方が親から言われた作業に対しての完遂率が高かったが、高校生になった現在は完遂率は著しく低下している。
当然、成長した娘に対して親から求められる要求が高度な内容に変わる事によって、完遂率が下がるという見方がある。しかしADHDの特性という観点から見た場合に、非ADHDの人とは違った側面があるといった事を理解したほうが良い。
作業完遂率の低下は成長と学力向上、経験の蓄積が大きく影響している。


成長した非ADHDの人であれば嫌な作業は最低限でサラッと済ませてしまおうと考えたり、何かのついでに一緒に済ませるといった方法等を取りなるべく短時間で処理したりといった方法を採ることがある。これはこれまでの経験や学習の結果から何が最低限であったり、作業に掛かる時間の見積が瞬時に浮かぶのだ。所謂、如何にしてバレないように手を抜いて楽するか?という事ができる。
ADHDのウチの娘の場合、初めてやる作業は何もかもが新鮮であり戸惑いはあったとしても集中力が持続する。特に幼い頃は見るもの、聞くこと、やる事の殆ど全てが初めて経験する事ばかりであり新鮮だ。こういった環境であれば興味を持ち集中が持続する。また、作業の途中で入ってくる新しい情報に関しても幼い頃は理解できる学力や知識が十分ではない為、興味が逸れる事が少ない。
しかし高校生になったウチの娘はかなりの事を経験しており、幼い頃に比べて初めて経験する事がかなり少ない。数回経験した作業は刺激を受けないため興味が湧かない。作業中に入ってくる新しい情報についても大人と同様に理解できる学力も知識もあるため大半が理解できるため注意がどんどん散漫になっていく。寧ろ少しわからないくらいくらいの情報であれば想像が膨らんでしまいそちらに意識が集中する。その結果、途中で別の事に意識が飛んだり手をつけてしまう事が多くなり完遂率が大幅に下がってしまうのだ。
昔は出来ていたので成長した今はできなくなったと言うのはこういった理由が大きく影響している。

ちなみにウチの娘にとっての手抜きとはバレないように体裁を整える事ではない。つまらない事や興味の無い事をなるべく自分でやらずに済ませるかという方向で考えを巡らせている。

前回迄に書いた空気が読めない=人の気持ちが読めないという事から、彼女達は他の人からどう思われているのか気にはなっているが把握できていない。その為、自分の興味の有無で優先が決まり優先が低いものやりたく無いものに対して体裁を整える行為そのものがあまり良くわからないのだろう。

今、この瞬間を生きる彼女達

ADHDのウチの娘も事前の心や体、物事の事前準備ができない。常に行き当たりばったりでその瞬間瞬間を生きている状態だ。
瞬間瞬間を生きていると書くと単語のニュアンスとして非常に綺麗な印象を受けるが実は全く違う。

ADHDの人から見ればとても疲れる生活であり、とても苦痛に感じるかもしれない。

彼女達の生きづらさは想像してもわからないほどに大変だと思う。

(本人は生まれつきだからどう思っているのかわからないが…。)


事前に自分が行動するであろう予測や予想ができないウチの娘は今のこの時間に起きてた事の全てをその場で処理している。
常にその場で処理するが故に一つ一つの作業で躓き時間が掛る。そもそもやりたくない興味の無い作業の途中に急に目に付いたものや耳から入ってきた情報で意識がとらわれしまったり、その中でも楽しいと思う情報が入るとそれに意識が傾き手をつけてしまい没頭してしまう。一度はやる事を決めて取りかかったとしても途中で次々と違う情報が入ると、それを遮断することができず、どんどん注意力が低下する。刺激が強い新しい事がインプットされると直ぐに優先順位が変わってしまうのだ。
ちなみに自分が興味のある事であれば他の情報を遮断して驚くほど集中してキレイにスムーズに作業する。しかし興味がない作業をしているときは極端に適当になり、だらしなくなってしまう。このだらしない時の頭の中は常に新しい刺激的な情報を欲している状態だ。

彼女達は新しい情報が入ってきた時点で直ぐに頭の中が別の事に切り替わってしまう。特に嫌な事、興味がないことに対して我慢して最後まで自力でやり遂げるという事が非常に困難なのだ。

事前の準備と言うことは先読みや予測であり、これは空気を読むといった事につながる。彼女たちが空気が読めない、読むのが下手、自己中心的と言われる理由は常に瞬間瞬間を生きており、その途中で違う事へ注意が向いてしまう事が影響している。

集中にしても注意散漫状態のいずれにしても感じる時間の長さが変わる。常に感じる時間が違う為、時間がどの位の速さで流れていくのかがつかめない。興味が無い事を最後までやり遂げた経験が少なくどの位の時間が掛かるといった事やどの位のクオリティーで仕上げられるといった見積が難しいのだ。
逆算ができず、流れる時間に身を任せ、興味の有無で時の流れる速さが極端に変わる。

気が付けばもう時間が過ぎており、間に合わないとか遅刻するという事が多々あるのだ。

混沌ってなに?

先ずよく言われているADHDの人は頭の中は整理整頓ができずいつも混沌とした状態という事だといわれる事にについて。
最初にこの事を知った時に何が混沌としているのか?何で混沌としているのか?この辺がピンとこなかった。非ADHDの人も頭の中が皆いつもキチンと整理できているわけではない。ADHDの人じゃなくても頭の中が混沌としている人はいっぱいいるだろう。しかし非ADHDの人とADHDの人の頭の中が混沌とした状態というのは同じではなく、ADHDの人独特の混沌とした状態があり、この辺の事が娘を17年間見てきてわかってきた事だ。

先ず自分自身の事を説明する方が簡単なので先に非ADHDの人が混沌としているという状態の一例を挙げる。例えば思い悩んでいたり、色々とやる事が多すぎて手が回らない状態のときに頭の中が混沌とする。
こういった場合、ある程度成長し経験を積んだ人であれば、今やらなければいけない事、今やらなくてもいい事、かなり後回しにして良い事、ある程度の事は事前に処理した方が良い事などを自分の経験や価値観の中で取捨選択し優先順位を決めている。時には諦める事も選択しながら行動する。
この決めるまでの過程や決めて動き出すまでが混沌した状態といえるだろう。
また、先々までやる事が沢山詰まっているのに途中でやる事が増えてしまった場合など人は忙しいと感じ混沌としてしまう。他にも精神的に追い詰められて気持ちが焦り、やる事が多過ぎて頭の中が整理ができず軽度のパニック状態に陥った時も混沌とした状態だといって良いと思う。こんな感じで非ADHDの人もしょっちゅう混沌としているのだ。それを自分なりに区切りを設けたり、誰かに相談する等の様々な手段を使い最終的に優先してやるべき事を決め、ゴールや期限に向かって逆算していつ、どこで何から、どうやって始めれば良いのかを自分の技量やスピードと照らし合わせ自然と考え行動する事が身にいている。

ADHDの人の場合は上記とは違う混沌とした状態である。極端なことを言えば忙しくなくても常に頭の仲が混沌としているのだ。
ADHDの人は非ADHDの人と決定的に違っている事がいくつかある。
一つは時間だ。時間の感じ方や捕らえ方が違う。具体的な時間を感覚的に掴む事ができない。
例えばあと1時間で部屋を掃除しなさいとか言われた場合、大抵の場合1時間では終わらない。放っておけば何も手をつけていないか、全く違う事をやっている。少なくとも掃除道具場所や使い方等知識はあるが上手くできないのだ。

つまり、1時間がどの位の長さなのか、その時間内で何ができるのかがわからない。部屋の汚れ具合とその時間で可能な掃除の方法、仕上げの程度などが決められない。急がなければ終わらないのか、ゆっくり終わらせられるのかもわからない。つまり自分なりのゴールや期限を決める事ができない。どんなに小さな事や些細な事であっても最初にゴールや期限を決められないのだ。だから逆算ができずスケジュールが組み立てられない。これはADHDの人は計画性が無いと言われる事にもつながっている。
こういった一つ一つの時間が全く読めない中で生活する彼らにとって時間の感覚を掴むという事は至難の業と言っても過言ではない。

はじめに

最初はピンとこなかったが、ウチの娘のADHDについてインターネットや本で得た知識と娘の生活スタイルや行動と照らし合わせてみて何となくわかってきたことがある。

その事について少しずつまとめてみたいと思う。

ADHDとは言ってもそれは大きな括りであって、細かいところはそれぞれ千差万別らしい。ちなみに私は精神科医などのその道のプロではない。ごく普通のサラリーマンでありエンジニアだ。

その為、私の周りでハッキリADHDの人だとわかっている人はウチの娘しか知らない。

残念ながら何人ものADHDの人に態々取材するような情熱もADHDの子供の育て方等のHow to とかknow-howとかADHDの人を家族に持つ家族への手助けとか情報交換、精神的支柱になりたいとかのような使命感や責任感が無い。従って他のADHDの人には当てはまらないところが有るかと思う。それはそういう人もいるんだなぁと寛容な心を持ってで受けとめてほしい。